<株式会社ワイヤーオレンジ 原田社長>

独身で子どものいない社長が育児雑誌をつくったり、テレビで人気の「おむつ寿司」を考案したり、とにかくだれもやっていない、おもしろいことに挑戦し続けているのが、株式会社ワイヤーオレンジの原田社長だ。全国で販売する本をつくりたいと出版社に手紙を送り、ネット書店のカテゴリ売上第1位にまで押し上げた熱い心をもつ原田社長に、ヒット作『失敗しない育児のスゴワザ51』をつくりあげるまでの経緯を聞いた。

原田 剛(はらだ・たけし)
2001年徳島県で育児雑誌「ワイヤーママ」を創業し全国9都市にFC展開中。出産祝いのギフト「おむつ寿司」や、全世界からDLされている「しつけ妖怪ギョロロ」アプリ開発など、出版以外でも活躍。2014年末発行の自叙伝的絵本『小学生のボクは、鬼のようなお母さんにナスビを売らされました。』は、TV全国放送でも話題となり、Amazon総合1位を獲得。
http://tokushima.wire.co.jp/

──出版業界にはどのような経緯で入ることになったのでしょうか。

 大学を卒業して、株式会社あわわという創業30年の、徳島では老舗のタウン誌出版社に就職しました。徳島県民であれば知名度98%のタウン誌です。そこで雑誌づくりを学び、本づくりの醍醐味を体験しました。中学生、高校生時代から物を書くのが好きで、漠然と出版社、新聞社の業界への就職を考えていました。同社には5年いて、最後2年は『あわわ』の編集長をやっていました。
 編集長時代にやったいちばん思い出深い仕事が、1998年の12月に当時はまだなかった「徳島ラーメン」という言葉を発信したことです。徳島県というのは、すだちとか、わかめとか、鳴門金時とか、有名な素材は多いのですが、香川県のさぬきうどんのように、若者がわざわざ食べに来たいメニューはなかったんです。ぼくらが小さい頃から食べ慣れている中華そばを、新横浜ラーメン博物館の広報の方が徳島に来た際に食べられて、「これはすごい。全国のご当地ラーメンに並ぶものにできる」と言われました。でもそのためには、地元がどれだけ盛り上がってくれるかが重要とのこと。タウン誌として情報を売るだけではなく、文化を発信するのも仕事だと思っていたので挑戦することにしました。「徳島ラーメン」というネーミングやブランディングをつくったところ、観光客は増え、テレビや雑誌で大きく取り上げられることとなりました。

──株式会社ワイヤーオレンジを立ち上げるまでの経緯をお教えください。

 2000年にタウン誌の仲間とニューヨークに行ったんです。当時IT企業がいくつも立ち上がっていたころで、それらを視察するという名目で研修に行ったんですよ。それまでずっと四国にいたので、ニューヨークで活躍している日本人を見て、徳島だけでやっていては視野が狭くなってしまうとショックを受けました。一緒に行ったみんなは楽しんで観光しているのですが、自分はニューヨークに行った翌日から、帰りたくて仕方がなかった。人々のパワーが苦しくて仕方なかったんです。そして絶対に自分で何かビジネスを立ち上げよう、出版社を立ち上げようと思いました。どのような内容の出版社かは決まっていませんでしたが、その時点で名前は「ワイヤー」にしようと決めていました。
 「ワイヤー」という名前は、公式には点と点でばらばらの情報を、雑誌とネットを使って結んでいくという意味なのですが、実際には徳島の言葉で「わいや」。ふたりでつくった会社なので「『わいや』でいこう」と(笑)。そして翌2001年3月31日に「ワイヤー」という雑誌をつくろうと同社を辞めました。

 4月1日からフリーとなり、県内の友人、知人100人くらいに「どんな雑誌がほしい」かとヒアリングしてまわりました。ペット雑誌、かわいい高校生ばかりの雑誌、大学受験対策の雑誌など、いろいろな意見をいただきました。おじいちゃんおばあちゃんからは、文字を大きくして老後の楽しみ方とか年金の使い方とかが書かれた雑誌という意見もいただきました。その中で衝撃的だったのが、子どもが生まれたばかりの同級生からの「『あわわ』はいい雑誌でおいしい店の情報は豊富だが、子ども連れで入れるかや、ベビーカーは押して入れるかといった情報は何も載っていない」という意見でした。
 当時すでに育児雑誌はありましたが、掲載されている情報はすべて東京のもので、徳島の情報は載っていませんでした。また、雑誌とネットを使って結んでいくという目的がありましたが、いずれ若い主婦でもパソコンやネットを使いこなす時代が来ると思い、主婦を対象にした『ワイヤーママ』をつくることに決め、2001年5月に株式会社ワイヤーオレンジを設立しました。周りの後輩たちからは、独身で子どものいない私が育児雑誌をつくるということがギャグだと思われました(笑)。

──インプレスグループと提携したきっかけ、狙いを教えてください。

 どうしても全国で発売される本を出したかったので、2013年の正月に、インプレスさんを含む著名な出版社50社くらいに"熱い"手紙を書きました。「私は徳島でしがない出版社をやっているワイヤーオレンジの代表の原田と申します。本をつくる自信はあるんですが我々には販売チャネルがない。よかったら御社から本を出してくれませんか」という内容でした。元旦に書いて4日に投函し、50社のうち半分くらいの出版社から返事がありました。興味がないというご返事もありましたし、中には実際に金額を提示してきた出版社もありました。
 手紙を送る時点で「いちばん最初に連絡が来たところと組もう」という決めており、いちばん最初に連絡を、しかも中島さん(株式会社インプレスコミュニケーションズ副社長)から直接電話でいただいた、インプレスさんと組むことにしました。その後、中島さんと東京でお目にかかったのが1月31日でしたから、1カ月もかかってませんね。インプレスという会社名はそれまでは認識してませんでしたが、あとで見たら家に書籍がありましたし、Impress Watchも見てたので、漠然とIT系、というイメージはありましたね。
 出版社ということでインプレスさんにご連絡したわけですが、実際に話を聞いてみたところすでに「パートナー出版社」という提携の仕組みが用意されており、しかもよく買って読んでいたクロスメディア・パブリッシングも含めて、すでに何社も「パートナー出版社」として提携しているということで、弊社も提携することにしました。

──実際に提携してみてどのような感想をお持ちですか?

 インプレスさんは、実は手を動かして仕事をする、昔ながらの"泥くさい"、人間味のある本作りをしている出版社でした。これが自分の好きな本作り、物作りの空気と、同じ空気を感じました。PC書籍、雑誌というとクールで機械的なIT企業のイメージがあったので(笑)、そこが意外でしたね。
 提携して感じたいちばんのメリットは、全国で出版する本のノウハウが身についたということですね。たとえばこの『失敗しない育児のスゴワザ51』にはオビをつけていません。これは2つ理由があり、ひとつは子連れの主婦の方々はなかなか書店店舗に行けずネットで本を買いますが、オビが外されて表示されるネット書店では効果がないためです。表紙を決めるまでは、ネット書店の子育て本のランキングを毎日のように見て、他社の売れている本の表紙のデザインを研究しました。その中には、ピンク系か白系でかわいいイラストの表紙が多かったので、あえて青系で子どもの写真をドドーンと大きく載せた表紙にしました。おかげでネット書店でも非常に目立って表示されています。もうひとつの理由は、私自身がオビが大嫌いで、本を買ってまず最初にすることが、読むときに邪魔なオビをはずして捨てるためです。オビをつけないことに対しては、地元の周囲の方々からは反対されました。実際、オビがついていない本は書店でもあまり見かけません。こういうことも提携して、全国出版の本を出してみてわかったことですね。
 おかげさまで、2014年7月4日には早くも第2弾の発売も決定しました(予定)。

──全国で本を出したことについて、地元での反応は?

 新聞にもテレビにも出ましたし、育児本が徳島の地元の書店チェーンで1位を取ったのも、それが地元の出版社だったのも、Amazon.co.jpの「本>妊娠・出産・子育て」カテゴリの1位にもなったのも、すべて徳島の出版社では初めてで、地元ではとてもびっくりされています。
 徳島県内には小規模な出版社を入れても5社くらいしか出版社がありませんが、地元密着で地元の書店さん向けに配本するケースがほとんどです。全国津々浦々の書店に本が並ぶのは、やはりインプレスさんと組ませていただいたからこそできたことです。地方のいち出版社が普通に取次さんに行っても相手にされないでしょうし、配本できても売れないでしょう。

──『ワイヤーママ』の話に戻りますが、限られたエリアやテーマの情報を扱う出版物は、ビジネスとして難しくはありませんでしたか?

 地域密着で育児情報を掲載した、商業ベースのでWeb連動型タウン誌は創刊当初は日本にはなく、『ワイヤーママ』がはじめてでした。『ワイヤーママ』は主婦には受けたのですが、広告のクライアントさんに広告を出稿してもらうのがたいへんでした。ですから、最初の3年間は苦しかったですね。

──雑誌をフランチャイズして、全国で『ワイヤーママ』が出ていますね?

 いまはフランチャイズは本誌をいれて8誌出ています。徳島県の人口は78万人で東京都練馬区と同じくらいです。四国全部足しても400万人ですから福岡より少なく、本当に市場として小さいので、徳島で認められて成功したら、他の県でも成功できると思いました。
 『ワイヤーママ』をフランチャイズで全国各地で出すにあたって、フランチャイザーにあわせた研修を行っています。各地で発行しているのは印刷会社が半分で出版社が半分。印刷会社の方には、徳島で数日間仕事についてきてもらい、取材や情報収集のノウハウとかを徹底指導します。また出版社の方はその辺はすでに経験をお持ちなので、コンセプトと大事な部分を2泊3日くらいで伝えられますね。
 ちなみに、私は『ワイヤーママ』のフランチャイズの営業自体は一切していません。各地で『ワイヤーママ』を出したいという要望は先方から来ます。ある県で『ワイヤーママ』を見た人が「なんでこれがうちの県にないんだ」ということで、自分たちでつくる、という形で全国に広がっています。

──ずばり、ワイヤーオレンジさんってどういう会社ですか?

 社訓は"オモシロカンパニー"なんです。独身で子どものいない社長が育児雑誌をつくっているという段階ですでにおもしろいかと思いますが(笑)。だれもやっていないが、役に立って楽しいということに挑戦していきたいですね。ほかの人がすでにやってしまっていることやおもしろくないことは、たとえビジネスとして儲かることであっても私はやりません。

取材日:2014年2月28日
取材・文・撮影=インプレスコミュニケーションズ・デジタル事業本部

原田社長の思い出の一冊

あわわ』ですね。この雑誌の編集部にいた5年間で、本づくりの神髄を学びました。私がうれしかったことは、会社を一度辞めたあとで、臨時専務として戻ってきてくれ、と言われたことです。会社を辞めて違う雑誌を立ち上げ、いわば“裏切った”ともいえる形でしたが、その会社から力を貸してくれと言われたことは、本当にうれしかった。当時は「おむつ寿司」を開発したころで、青年会議所の仕事もあったので体力的、時間的にもたいへんきつい時期でしたが、恩義を返すためにもお引き受けしました。このときは、月・水・金曜日に『あわわ』の仕事をし、火・木・土曜日に『ワイヤーママ』の仕事をする生活を送っていました。いまは新規事業アドバイザーとして『あわわ』にかかわっています。